大判例

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東京高等裁判所 昭和36年(ネ)223号 判決 1961年10月18日

控訴人 国

訴訟代理人 武藤英一 外二名

被控訴人 阿部淑子

主文

原判決を取消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用のうち当事者間に生じたものは第一、二審とも被控訴人の負担とし、補助参加人と被控訴人との間に生じたものは被控訴人の負担とする。

事実

控訴人指定代理人は、主文第一、二項同旨ならびに訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする、との判決を求め、被控訴代理人は、本件控訴を棄却する、控訴費用は控訴人の負担とするとの判決を求めた。

当事者双方の事実上および法律上の陳述ならびに証拠の提出、援用、認否は、控訴人指定代理人が別紙準備書面記載のとおり述べたほか原判決事実摘示のとおりであるからこれを引用する。

補助参加人復代理人は、補助参加人ら三名は、控訴人国から、本件係争土地を買受けた亡加藤専太郎の相続人であつて右土地を相続によつて取得したものであり、したがつて本件訴訟の結果につき利害関係を有するので控訴人を補助するため参加申立に及んだものである。本件土地が、補助参加人らの所有であることは亡安富ヒサはもとより被控訴人もこれを認めていたものであつて、同人らがこれを自己の所有物であると信じていたことはない。また、補助参加人らは、右両名に対し本件土地の明渡を求めていたのであるから右両名の本件土地占有はいずれも無過失ではない、と陳述し、立証として、丙第一号証の一、二を提出した。

理由

本件宅地については、控訴人国のための所有権取得登記がなされていること、および本件宅地は財産税の物納によつて控訴人国の所有に帰したものであるが、その後昭和二四年五月一一日加藤専太部が控訴人国からその払下げを受けてその所有権を取得したことは当事者間に争いがない。

被控訴人は、昭和二四年五月一一日ころ安富ヒサが右加藤専太郎から本件宅地の贈与を受け、ついで昭和三〇年六月ころ被控訴人が右安富ヒサから本件宅地の贈与を受けてその所有権を取得したと主張するが、かりに右主張のとおりとしても、このような事実関係のもとでは、控訴人国は、被控訴人の本件宅地所有権取得についての登記の欠缺を主張するにつき正当の利益を有する第三者というべきであるから被控訴人は控訴人国に対して本件宅地の所有権取得を対抗し得ないものといわなければならず、前叙のようにして本件宅地の所有権を取得したから控訴人に対して登記手続を求めると云う被控訴人の主張は主張自体失当といわなければならない。

つぎに、被控訴人の本件宅地の時効取得の主張について考察する。原審証人加島五郎の証言によれば、安富ヒサは、加藤専太郎の内縁の妻であつて、かねてから専太郎の借地であつた本件宅地上の専太郎所有家屋に専太郎と同居していたものであつて、専太郎が前叙のように控訴人国から本件宅地の払下を受けるに際しては、その代金を他から調達した分と自らの出捐によつてこれを支払い、その後専太郎が死亡するまでは専太郎とともに、同人死亡後は独りで、もしくは二女の被控訴人とともにその死亡に至るまで前記家屋に居住し、よつて本件宅地を占有していたことが認められ、右認定を左右すべき証拠はない。

しかしながら本件土地を国から払下を受けて取得したのは加藤専太郎であることは内縁の妻である安富ヒサも十分知つていたことは前記加島証人の証言でも認められるところであつてただその買受代金は実際上安富ヒサが出捐したことは右証人の証言から認められる。

しかし代金支弁の事実があつたからと言つて安富ヒサは本件土地の払下を受けた者は加藤専太郎であることを知悉しているのであるから安富が所有の意思を以て本件土地を占有したものとは到底認定できない。甲第八号証は夫婦間の書面としてはあまりにも技巧的であり到底これを以てヒサに所有の意思が生じたものとしての証拠として採用することはできない。被控訴人の主張によれば被控訴人が本件土地を取得したのは昭和三〇年六月頃であると云うから被控訴人自身について取得時効の完成のないことは言う迄もない。故に時効取得の主張も認容できない。

以上のとおりであつて本件宅地が被控訴人の所有であることを前提とする被控訴人の本訴請求は失当であつてこれを棄却すべきものである。

よつて民事訴訟法第三八六条第九六条第八九条第九四条を適用して主文のように判決する。

(裁判官 角村克巳 加藤隆司 宮崎富哉)

準備書面

控訴人の事実上および法律上の主張は、第一審判決摘示と同一であるが、控訴人の右主張を排斥した原判決は、左記の理由により、法律の解釈を誤つた不当なものといわなければならない。

(1)  原判決は、判決により登記(不動登二七条)の場合は中間者の同意を一般的に不要としておられるが、かゝる見解は従来の判例に反するところであるのみならず、法律の解釈を誤つたものといわねばならない。

いうまでもなく、不動産登記法は物権変動の過程と物権変動の態様を如実に登記することを理想としている。ところが過程の省略や態様を異にする登記が現実には多いところから、一旦為されてしまつたかゝる登記を無効とすることによつて生ずる取引の不安を除くため、現時の判例は、登記が不動産に関する現在の真実な権利状態を公示しているならば、そこに至るまでの過程や態様を如実に反映していなくとも、なお制度の目的を達するものであるとの理論の下に、右のような登記を有効とするに至つている。しかしその考え方はかゝる中間省略の登記がなされてしまつた後は、むしろ取引の安全を保護すべきであるという趣旨であつて、斯様な登記が望ましくないことは疑いのないところであり、登記が現在の真実な権利状態を示すことは、登記が有効なための最少限度の要件であることを明らかにしているにすぎず、したがつて何人といえども斯様な中間省略の登記をなすべきことを請求する権利を有しないものといわねばならない。されば従来の判例も、実体的な権利変動に関与したすべての者-ことに中間者-の同意ある場合に限り、権利変動の終点たる当事者は、起点たる当事者に対し中間省略の登記をなすべきことを請求し得るにとどまると解しているのである(大判、大正八、五、一六、民録二五輯七七六頁、大判、大正八、一〇、二〇民録二五輯一八二八頁、大判、大正一〇、四、一二、民録二七輯七〇三頁、特に中間者の合意を必要としたものは大判、大正一一、三、二五、民集一巻二二〇頁等)。

(2)  被控訴人は控訴人に対し、直接の所有権移転の登記請求権を有しないものといわねばならない。

いうまでもなく、登記の申請は原則として登記権利者と登記義務者との協同行為によつてなされるが、若し登記義務者が登記申請に協力をしないときは、登記権利者は其の意思表示を求める訴を提起し(民四一四条二項)、その判決をもつて義務者の協力に代え、登記権利者単独にて登記の申請をなすことが出来る(不動登二七条、民訴七三六条)。

しかして民事訴訟法第七三六条により意思表示をなすべきことの判決を受けその確定をもつて意思表示に代えんとする場合は、債務者(被告)にかゝる意思表示をなすべき実体法上の義務の存することを必要とすると共に、本来債務者が任意になし得べき性質のものであることを要する。しかるに本件事案においては、控訴人と被控訴人との間には直接には何等の物権変動が行われておらず、したがつて実体法上控訴人から被控訴人への直接の所有権移転登記をするために必要な意思表示をなすべき義務を負担していないのみならず、そのような意思表示を要求されても、性質上不可能である。換言すれば、本件宅地につき控訴人が被控訴人の要求により、これと協同で所有権移転登記申請をしようとしても、登記原因を欠如するが故に、登記申請をなし得ないのであつて、被控訴人が控訴人に対し直接の所有権移転の登記請求権を有しないことは明らかといわねばならない。

以上

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